ダンシングクィーンといえば、ABBA(アバ)ですね。ダンシングクイーンは、1970年代に一世を風靡しました。ディスコブームに乗ってダンシングクイーンを聞かない日はなかったほどです。ダンシングクイーンについて思い出しましょう。
ダンシングクィーンを大ヒットさせたには、スウェーデンのミュージシャンABBA(アバ)ですね。ABAA(アバ)は、男性2人と女性2人のグループでした。1970年代のディスコブームに乗って世界中を席巻しましたね。ディスコって、わかりますか?ディスコとは、いまでいうクラブのことです。狭いスタジオにたくさんの当時の若者たちが集まり、ひしめき合って、ディスコミュージックに合わせてディスコダンスといわれるダンスを楽しみました。それまでのソーシャルダンスやゴーゴーダンス、モンキーダンスなどと違って、ビートの効いたサウンドは踊らずにはいられませんでした。もちろん、玄人はだしというような輩も大勢いましたが、基本的には参加することに意義がると言った乗りで、今考えると今風の盆踊りのノリだったのかもしれません。そんな時代のディスコサウンドといえば、このダンシングクイーンということになります。ダンシングクイーンは、1975年にリリースされ、ABBA(アバ)にとっても最も売れている脂の乗った時期の一番ヒットした曲なのです。いまなお、往時を偲んでTVなどのメディアに登場してくるアバの“ダンシングクイーン”です。
ABBA(アバ)は、正しくは二つ目の“B”が180度左右逆の表記をロゴとして使っていました。アバは、ダンシングクイーンを1975年にリリースしてたちまち大ヒットとなったのですが、メンバーは、ビョルン・ウルヴァース、ベニー・アンダーソン、アグネタ・フォルツコグ、フリーダ・リングスタッドの男・女二人ずつのグループでした。ABBA(アバ)は、むかしの東側諸国と言われた東欧や旧ソ連などの国々42カ国で行われていたユーロビジョンソングコンテストで1974年に優勝したことが契機となりブレイクしました。その後、世界へ羽ばたいていくのですが、オーストラリアでブレイクすると西側諸国にもたちまち広がりました。ダンシングクイーンは、ビルボード・シングル・チャートで1位を獲得し世界的大ヒットとなったのです。ABBA(アバ)は、1982年に音楽活動を一度は中断しますが、1990年になってイギリスで人気が再燃して、ベストアルバムが再度リリースされるとイギリスを中心にブレイクしました。ダンシングクイーンのそして、アバの根強い人気をうかがい知ることができますね。
ダンシングクイーンは、ABBA(アバ)の代表的なメガヒットナンバーなのですが、アバはダンシングクイーン以外にもたくさんのヒット曲を世に送り出しました。それらのヒットナンバーを盛りだくさんにとりいれているのがミュージカル「マンマ・ミーア!」です。1999年に初めて公演された「マンマ・ミーア!」は、アバの軽快な曲に乗って、これまた見る見るうちに世界中で大ヒットしました。「マンマ・ミーア!」は、アバのカタログミュージカルとかジュークボックスミュージカルと揶揄されたほど、アバの曲をそのまま取り入れた今までにない手法のミュージカルでした。欧米をはじめ、日本でも劇団四季によるロングラン公演を続けました。アバは、楽曲のアレンジに関してとてもこだわりがあったようで、なかなかミュージカルに使うことなど良しとされてきませんでした。しかし、「マンマ・ミーア!」では、紆余曲折があったもののアバのヒットナンバーがきっちりと登場しています。アバの全盛時を知る往年のファンのみならず、多くのミュージカルファンやその他多くの人を楽しませてくれるミュージカル「マンマ・ミーア!」は、とにかく楽しいですね。